今年のかぶき者を決める、ベスト傾奇二スト2015受賞者発表!

ベスト傾奇二スト2015

今年の「花の慶次感謝イベントである『花慶の日2015』が開催された8月8日に、

今年のかぶき者を決める、ベスト傾奇二スト2015の受賞者が発表されました!

 

ベスト傾奇二ストとは?

「常識を超えた発言や行動」で話題になったり、「大きなチャレンジや決断」で名を轟かせた、

今年最も「傾いた」人に贈られる賞です。

 

今年のベスト傾奇二ストは?

ベスト傾奇二スト2015受賞者

様々なイベントで奇抜な衣装やコスプレのファッションで出演し、

twitterを開設してから1ヶ月も経たずに、1万4千人以上のフォロワーを獲得した、

最近テレビで良く見かけるようになった、今人気の柔道家「篠原信一」さん

 

モーニング娘。の元メンバーで、

先日7/2のニューギンの『CR義風堂々兼続慶次~』のプレス発表会に、

ゲスト参加したタレントの「矢口真里」さんに決定しました!

『CR義風堂々~兼続と慶次~』の詳細については、こちらの公式サイトをご覧ください

 

当日は『花慶の日2015』に参加していて、ベルサール汐留から中継で見ていましたが、

授賞式ではそれぞれ、「派手なジャケット」と「ゴスロリ」の衣装で登場し、

傾奇ぶりを見せてくれました!

 

今後、2人がどんなかぶき方をしてくれるのか楽しみですね。

かぶき者・直江兼続の漫画「義風堂々」

みなさんは『義風堂々!!』という作品を御存知でしょうか?

直江兼続の漫画『義風堂々』

花の慶次』の作画を担当した原哲夫氏が描き切れていなかったと語る

前田慶次の莫逆の友である「直江兼続」の物語となります。

漫画花の慶次』の遺伝子を継いでいます。

 

隠居した慶次が、若き日の兼続(樋口与六)のことを回想する形で、

物語が語られます。

 

・『義風堂々 直江兼続 -前田慶次月語り-』

『義風堂々 直江兼続 -前田慶次月語り-』は、

原作:原哲夫氏・堀江信彦氏、作画:武村勇治氏で、

『週刊コミックバンチ』にて、2008年50号から2010年38号まで連載されました。

 

・漫画『義風堂々!!直江兼続 -前田慶次酒語り-』

次に、同誌の後継誌『月刊コミックゼノン』で、

続編となる『義風堂々!!直江兼続 -前田慶次酒語り-』が

2010年12月号より2014年3月号まで連載されました。

 

・アニメ『義風堂々!! 兼続と慶次』
そして、『義風堂々!! 直江兼続 -前田慶次酒語り-』を基本として、

原作者監修の独自のエピソードを加えた、

アニメ『義風堂々!! 兼続と慶次』が2013年7月から12月まで放送されました。

 

 

・漫画『義風堂々!! 直江兼続 -前田慶次花語り-』
また、『月刊コミックゼノン』の2014年5月号より、

作画担当が出口氏に替わり、『義風堂々!! 直江兼続 -前田慶次花語り-』が連載されていますよ。

 

かぶき者・直江兼続の漫画『義風堂々』の詳細については、こちらの公式サイトをご覧ください!

かぶき者 前田慶次に子供や子孫はいたのか?

先週、NHKの時代劇ドラマかぶき者 慶次』が最終回を迎えましたね。

このドラマでは慶次の息子として「前田新九郎」が登場しますが、

実際、前田慶次子供子孫はいたのでしょうか?

 

慶次には息子と娘がいた

慶次は、前田利家の長兄である利久の養子になると、

やがて利久と利家の間の兄弟である安勝の娘を妻にしました。

2人の間には、前田正虎と5人の娘(または3人とも)が生まれました。

 

 

慶次の息子「正虎」について

1590年頃、慶次は前田利家を騙して水風呂に入れた上に、

乗馬を盗んで、前田家を出奔しましたが、この時妻子は連れて行きませんでした。
その時はまだ安勝が生存していた事もあり、妻子が罰せられる事は無かったと考えられます。

やがて正虎は前田家に仕えました。

 

関ヶ原の合戦の頃、慶次は会津の上杉家に随身していたため、

正虎は慶次郎に加賀に帰って前田家のために働いてもらえるよう働きかけましたが、

慶次はこれを断ったので、正虎は慶次郎を絶縁したそうです。

 

正虎は加賀の前田家で、2千石を与えられていましたが、

これは慶次に与えられていた5千石を減らされた物ではなく、

利久に与えられていた2千石を継いだものです。

 

結局、正虎は後継者がないまま亡くなりました。
一般的には慶次の嫡男とされていますが、

大坂の陣までの歴史を記した「前田家之記」では、

正虎は利家の末弟秀継の系統としています。

 

正虎には後継者はいませんでしたが、

慶次の5人の娘たちは、富山藩士の戸田方邦、北条主殿(氏邦の子)、山本弥左衛門、平野弥次右衛門、長谷川三右衛門に嫁ぎましたので、

この中のいずれかの家系は現在も残っていて、

子孫がいるかもしれませんね。

 
前田慶次なら『花の慶次』もあるよ

前田慶次を描いた作品と言えば、

ドラマ「かぶき者 慶次」だけでなく、漫画花の慶次」もありますよ。

漫画「花の慶次」

さらに、直江兼続が主人公のスピンアウト作品「義風堂々」があったりして、

面白いのでおすすめですよ。

「花の慶次」の詳細については、こちらの公式サイトを見てください!

かぶき者の衣装やファッション、髪型ってどんな感じだったのでしょう。

かぶき者(傾奇者、歌舞伎者とも書かれる)は、戦国時代末期から江戸時代初期にかけての社会風潮のことです。特に慶長から寛永年間(1596年~1643年)にかけて、江戸や京都などの都市部で流行しました。かぶき者は異風を好み、派手な身なりをして、常識を逸脱した行動に走っていました。
かぶき者になるのは、若党、中間、小者といった武家奉公人が多かったようです。
彼らは武士身分ではなく、武家に雇われて、槍持ち、草履取りなどの雑用をこなす者たちで、その生活は貧しく不安定だったのです。
多くは合戦の際には足軽や人足として働きながら、機をみて略奪行為に励み、自由で暴力的な生活を謳歌していました。
戦乱の時代が終わるとともに徐々にその居場所を狭められていったため、時代の移り変わりがもたらす閉塞感が、彼らを反社会的で刹那的な生き方に駆り立てたという側面があったようです。
・かぶき者はどんなファッション?
ひげを生やし、着物の襟はビロードにして、裾を高くまくりあげていました。牛首皮の帷子(かたびら)や熊の皮でつくった長羽織をまとうなど、奇抜な衣装だったようです。それをかぶきたるさまというそうな。KANSAI YAMAMOTOなどは現代のかぶき者と呼ばれていたりするそうです。
・かぶき者はどんな髪型?
髪型についてはあまり情報がなかったのですが、漫画「花の慶次」では、慶次はちょんまげをずらして秀吉にそっぽ向いて頭を下げるシーンがあります。髪型もかぶき者にとっては重要な部分だったと思われます。
花の慶次ででてくる、直江兼続もかぶき者として有名だったようです。
そのさまは「義風堂々!!」という漫画で見ることだ出来ますよ!