かぶき者×又佐×五大老といえば

かぶき者×又佐×五大老といえば前田利家のことですね。

織田信長に小姓として仕えていて、若い頃の利家は、短気で喧嘩早く、派手な格好をしたかぶき者だったようです。若い時には血気盛んで、槍による功績を多く上げていたことと、「又左衛門」という名から「槍の又左」と呼ばれていました。信長の死後、賤ヶ岳の戦いを経て豊臣秀吉の重臣となった利家は、豊臣政権下の有力大名である「五大老」にも名を連ねています。

前田利家は、織田信長や豊臣秀吉、徳川家康に比べるとマイナーな印象でずっと脇役扱いでしたが、NHKの大河ドラマ「利家とまつ」(平成14年)の放送で、ようやく脚光を浴びて知られ始めたという印象です。

大河ドラマでは、若いころは武断な傾奇者で、「犬」や「又左」と呼ばれ、一度は出仕を停止されながらも、織田信長を生涯の主と仰ぎ北陸などで転戦をし、 次いで長年の親友でもあった秀吉にも仕え「断金の交わり」と評されるほどの信頼関係を築いたが朝鮮出兵には断固反対する、秀吉死後家康の簒奪を防げず病死する様子が描かれています。
漫画「花の慶次」にも前田利家は出てきます。
かつては「槍の又左」と称されるほどの猛将ながらも、プライドばかり高くて、周囲を気にする小心者で、慶次と対比して器量の小さい人物として描かれ、史実の前田利家よりかなり貶められています。史実ともそうですが、大河ドラマとのギャップがものすごく、逆に面白かったりします。
また、花の慶次の続編である「義風堂々!!直江兼続 -前田慶次酒語り-」という漫画作品も発表されており、今盛り上がっています。アニメやラジオドラマやSNSで盛り上がっています。

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ドラマでやっているかぶき者の起源とは?

NHKの木曜ドラマでかぶき者慶次ってやってますよね。
そもそも「かぶき者」の起源って何かご存知ですか?

かぶき者は「傾奇者」や「歌舞伎者」とも表記されますが、
戦国時代末期から江戸時代初期にかけて江戸や京都などの都市部で流行した社会風潮のことを指します。異風を好んで、派手な身なりをして、常識からはずれた行動をする者たちの総称でもあります。

当時の男性はとても地味な色合いのの着物を着るのが普通でした。
一方かぶき者は色が鮮やかな女物の着物をマントのようにして羽織ったりするなどして派手な格好を好みました。

そして現代に伝わる「歌舞伎」はこの「かぶき者」が起源だといわれています。
かぶき者たちが作り上げた「かぶき踊り」が歌舞伎の元祖です。
戦国時代のかぶき者で有名なのは織田信長、前田慶次などが挙げられます。

織田信長は相当な変わり者でかぶき者の走りであったと伝えられています。
武将としては有名で天下統一を目前にして重臣明智光秀が謀反を起こし、本能寺で自害を迫られたエピソードなども有名ですが、実は織田信長もかぶき者だったのです。
傍若無人な振る舞いで人々からは「大たわけ」「うつけ」と呼ばれ、18歳の時には父の葬儀にも傾いた服装で現れ、抹香を仏前へ投げつけるという、奇行をを行ったとされています。

前田慶次は豊臣秀吉に“傾奇御免状”を与えられた人物。

足を投げ出していた店の店長の足を言い値で買って足を叩き切ろうとした。など、意味の分からない傾いた話が多いですが、伝説的な武将であることもまた有名です。

前田慶次に関してはNHKドラマ「かぶき者 慶次」が放映されており、
かぶき者として名を馳せた前田慶次の晩年が描かれています。

また、漫画もあります。
北斗の拳を描いた原哲夫が前田慶次の生涯を描いた「花の慶次」という作品を出しています。
また、前田慶次を語るうえで絶対にはずせないのが、直江兼続の存在です。
この直江兼続の知られざる半生を描いた漫画が「義風堂々!!」です。

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